モラ夫のモラハラが、きっと治ると思っていた時期があった。
いや、きっと他の被害者もきっと治る、
きっと天罰が下って反省する日がくる、
一つ一つ伝えていたら治るかもしれない。
自分が辛い気持ちを伝えたら、あからさまに表情に出したら、
離婚を突き付けたら・・・・
本を読んだらどうか?
もしかしたら個人のブログに、治るヒントが隠されているんじゃないか?
いまだに解明されていない、何か自己愛性人格障害者の怒りを解く
方法があるんじゃないか?
何かしら突破口があるんじゃ?
脳のトレーニングをしたらどうか?
栄養面?自分の言葉?態度?
環境をどうにかしたほうがいい?
そういうことばかり考えていた時期があった。
とにかく治したい。
1%でも可能性があるなら治したい。
離婚はいやだ、治したい。
けど、自覚するまでにどのくらいかかるんだろう、
とふと冷静になった。
自覚できたとして、できるくらいになったとして
それはいつなんだろう。
1年先?5年先?10年先?死ぬ前?
そのとき、私は一体どうなっているんだろう。
とふと考えていた。
だいたい自己愛性人格障害は
年齢とともに悪化する。
モラハラがエスカレートしていく。
どんどんライフプランが進むにつれて、
その言動はどんどん激化していく・・・というのが当たり前のはずで、
自分のところもそうだった。例外とかでもなんでもなかった。
通常の自己愛性人格障害者のパターン通り、
結婚と出産とともにモラハラは悪化していった。
謝罪もなくなり、平然と約束を破り、平然と暴言を吐くようになった。
その時点で、「自分のやっていることがひどすぎるから、
ある日あっ、と気づく」。。。なんてことはまずなくて。
やっていることがひどいのにそもそも気づかないのは、
自分の罪から逃れるスペシャリストだからっていうのも
あるわけで。
自分の言っていることさえ責任もとれないし客観視できないのに、
そもそも自分のことを客観視するなんてできないわけで。
それがモラハラできる理由なんだから、
そのモラハラに気付く・・・なんてことは
奇跡でも起きない限りはない。
その奇跡を信じていたのだけど、それは自分の甘さであることも
知った。
気づくのが遅すぎたけど。
自己愛性人格障害者にとっては責任転嫁とか
自分が素晴らしいというのは病理でもなんでもなく
自分にとって当たり前のことで、
それが当たり前の環境で育ってきたわけだから、
逆にそれ以外が「異常な世界」ということ。
自分を治そうとする、自分で自分がおかしいことに気付く、
なんてことは強い人間ができること。
あるいは自分っておかしくても別に問題ないんだ、大丈夫なんだ、
と気づける人だけができること。
自分はおかしくないんだ!自分だけが正しいんだ!と叫び続ける
自己愛性人格障害者にそんなことできるわけがまずないのに。
自己愛性人格障害者に
モラハラ本を見せても、
あなたのやっていることはモラハラだと言っても、
どれだけひどいことをやっているか伝えても、
どれだけ傷ついているか伝えても・・・無駄に終わる。
「お前のほうがモラハラで、お前のほうが自分のことを
傷つけていて、傷ついているフリをしながらこの自分を
加害者に仕立て上げようとしている」
としか解釈されない。
自覚なんかまったく生まれない。
驚くほど自分が加害者である自覚がない。
自覚ができない、からモラハラの素質が満載なだけで。
モラハラ加害者にとって自覚できないなんて当たり前、
自分の言ったことも人から言われたことも
そのまま解釈できないんだから。
心のどこかで自覚はあるんだけど、
それでも見てみないフリをする。
傷ついている被害者の姿をみてしめしめと思いながら、
いや、お前は傷ついていない、
自分のほうが傷ついているとか言い出す。
大体、自己愛性人格障害者は
病気じゃないから治らない、ということも
よく言われる。
病気じゃないから治しようがないというよりは、
病気だという自覚がうまれないから治しようがないんだと思う。
もしくは、病気手前で止まるものだから、
精神疾患とかにはならないから
日常生活ができるせいで病気とはみなされない、とか。
そういう理由でしかないと思う。
それだけ見れば、立派な病気として確立しているはずだから。
どうせ病院に治療しにいったところで、チームをかき乱すしか
できない。
医療者を「ほうらどうせ治せない。お前はやぶ医者だ。
自分のほうが正しい、普通の人間ってことだ」
と言いかねない。
自分のモラ夫もとにかく医者を馬鹿にしていたから。
とにかくいろんなことを試しすぎて、疲れてくる。
結局被害者でいる側も早く被害をどうにかしたいから
モラハラをどうにかして改善させたい。
けど、それにことごとく失敗する。
優しくしてもダメ。怒っても逆ギレ。
何を試しても、ただただ疲れてしまうだけ。