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被害者は、自分がただの被害者だなんて思いたくない

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自己愛性人格障害者が自分の異常性を認めないのと同じで、

自己愛性人格障害のモラハラの被害者というのは、

自分が被害者だということを絶対に

認めたくない。


私もそうだった。

私も、今でも「あなたただの被害者ですよ」なんて言われたら、

「わかってないなあ~こいつは」

なんて思う気がする・・・というか、100パーセント思うと思う。


けど、そう言われたとしたら、

間違いなくその人の言葉自体は間違っていない。

だって、自分はただの被害者なのだから。


ところがモラハラを受けている真っ最中というのは

愛を請うことに固執しているから、

余計に被害者だということを認めたくない。

モラハラ?いや・・・モラハラじゃないかもしれない。

ただ、本当に自分が悪くて、相手がキレているだけかもしれない。


そういう可能性ばかりに着目して、現実を全然見ようとしない。

だから被害者も被害者だということを認めたくない。

それに、モラハラを受けていて戦っている事実を、

「なんで逃げないの?ただの被害者じゃん」なんて

言葉で一蹴されたくもない。


たとえ自分と同じようにモラハラ被害を受けている人で

あったとしても、DV被害を受けていた人であっても、

「いやいや、そういう人は治らないんだよ。さっさと逃げようよ」

なんて言い出した日には、

「いや、アナタもそういう過去があったんでしょうよ。

あったなら逃げ出せない気持ちわかるでしょ。そんなに

簡単に逃げろ逃げろと言ってくれるなよ。

自分はなんで逃げられなくなったか、それだけを

発信してくれよ。

逃げ出したからって、自分は勝者で逃げ出せていないものは

ダメみたいな追い込み方しないでよ」

とそこまで言いたくなる。


いや、本当に、逃げ出した今でも思う。

私はただの被害者だったのだ。けど、それを他人に言われるのは

なんだか違う。だって他人の中には、モラハラのモの字すら

知らない人だっているわけだから。

けれど、そういう人達の「言ってること」はまさに正しい。

被害者はただの被害者で、

こうやってブログに書いていても

どう考えてもモラハラ被害者の気質だなと今になったら思うし、

書いてて「そういえば何やってたんだ自分?」と

情けなくなることも多くある。

けど、その時の自分の思考では、それが精いっぱいだった。

というよりも、自己愛性人格障害者の愛を請うしかない

自分自身が間違いなくそこにいた。

愛してもらうために、自分はただただ相手のために尽くしたいと

考える。愛してもらうために、その人の愛を獲得するために、

その人との生活を続けるために、「違う!自分は絶対に

この人のモラハラを治して見せる」とか

とんでもないことを当たり前のように考え続ける。

可能性を諦めきれなくなっていく。

「ただの被害者」に成り下がりたくなかった。

けど、逃げるときは、「この人にとって、

自分はただのサンドバッグでありゴミ捨て箱」ということを

認めなくてはならなかったし、

相思相愛とかそういう甘ったるいものではなく

どう見てもただの自己愛性人格障害者とただの被害者、

の図式が出来上がっていた。

そうとしか思えなくなった時、人は逃げ出したいと

初めて思うのかもしれない。

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