モラハラは中毒と一緒

タバコやアルコールに依存があるように、

そして依存があれば簡単にはやめられないように、

モラハラは一生やめられない中毒みたいなもの。

それをしていないと生きづらくてどうしようもない。

それをしないと発狂しそう。

そこも一緒。

ニコチンの依存状態にある人が、

急にタバコを吸わずに生きていられるわけじゃない。

そして、モラハラはタバコみたいに自分が依存状態に

あることを気づけるものじゃない。

被害者の依存も一緒。

被害者はモラハラを受けてもそれでも

モラハラ夫やモラハラ彼氏と一緒に

居続ける理由に気が付いていない。

ただ依存していたいのを愛しているから、

この人のそばでこの人を支えるのが自分の役目、

という言葉に置き換えているだけ。


自分でどうにかコントロールしようと思って

できるものじゃない。

タバコはなくても生きていけるけど、それでも

依存する。そういう依存物質があるから。

モラハラは、ないと生きていけない。そもそもモラハラで

生き続けていること自体、自己愛性人格障害者は

知らない。自分がモラハラに生かされていること自体に気が付かない。


依存対象は人ならなんでもいい。人なら自分を

投影できるから。依存対象=モラハラ対象だ。

「モラハラをやめて」「暴言をやめて」

「そういうことしないで」と言えば言うほど

モラハラは激化するし強化になる。

自分を生き延びる術をやめろ、といっているのと

同じだから。

だから自己愛性人格障害者は、そういうことを言われると

「自分に犠牲になれというのか」とかそういう反論をする。

それは、彼らの感覚から言えば当然のことでしかない。

自分がモラハラしないと生きていけないのに、

モラハラをやめろとか言われるんだから。

モラハラ対象として選んだのに、モラハラ対象にするなと言われるんだから。

モラハラしたい感覚は自己愛性人格障害者にとっては

愛だから、愛するなと言われているなと一緒。