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世の中を恨む

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モラ夫は、社会をバカにしていた。

よく、「自分の周りにはバカばかりしかいない」とも言っていたし、

もっと広くなると「この地域には世間知らずの愚か者しかいない」

と言い出して、しまいには

「自分くらいしか、この世の中で冴えるアイデアを出せる人間はいない」

・・・という風に。

誇大妄想もいいところだと思っていたけど、自己愛性障害者は

いたって真面目にそういう言葉を吐く。


で、自分が幸せになれないのを

とにかく反抗期に猶予をくれなかった母親のせいにする。

自分の仕事がうまくいかないのは、自分の意向を汲まない、

あうんの呼吸をとれない愚かな部下(同僚)のせいになる。

で、支えないパートナー。つまり、私のせいにされる。


なぜそういう構図が生まれるのか?というのは

自己愛性人格障害者が責任転嫁するからともいえるけど、

そこには期待値というものが存在して、

自己愛性人格障害者が思い通りにいってほしい物事というのは

思い通りにならない未来を考えるだけでも強烈なストレスになるから

うまくいって当たり前、100%思い通りにいく、

と思いこんでしまう。ところがそんな現実は存在しない。

で、その期待値は誰に押し付けるかというと、他人に押し付ける。

つまりこれが依存の始まりでありすべて。

他人に依存して環境に依存する。ありえもしない100%の未来を現実に

するために他人が必要で、それが成し遂げられなかったときは

他人のせいにするのだ。

で、たいていのことが100%はうまくいかないから

他人のせいになる。他人のせいに何度もしているうちに

「社会はバカばっかり」という結論に達する。・・・・というか

彼らにはそういう未来しか待ってない。

世の中を恨むことで、自分は責任から逃れられる。

つまり、自分を幸せにするのも幸せに感じるのも自分しかいないのに、

他人にそれをいつまでも求め続けて、自分が幸せにならないのは、

不快なまま生きていかないといけないのは他人のせいだし社会のせいだということに

してしまう。それはとっても楽な生き方だし、ストレスをこれ以上感じずに

済む生き方でもある。

むかつくなあ。いらつくなあ。そういっている、思っている間には

自分の責任からは逃れられる。だって自分の力量不足だからじゃない。

自分を不快にするのは社会のせいで、社会というものに慈悲は存在しないかのように

みんな冷たいから。これだけ大勢いるのに自分のことを誰も助けてはくれないから。

パートナーでさえ、自分の足を引っ張ろうとする。

部下でさえ、自分の都合しか考えず動こうとしない。

家族にさえそんな態度をとられる自分はとても可哀そう。

どれだけ群れても、所詮は烏合の衆。

世の中はそういう風にしか見えない。

自己愛性人格障害者でなくても、自分の責任として考えられなくなった人は

大抵他人のせいであり社会のせいにしてしまうからタチが悪い。

なぜならそこから猟奇的殺人や無差別的なテロにつながっていくから。

そしてそれを、「社会が無慈悲だから」という言葉に置き換えて

自分の行動を正当化してしまうから。

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