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私は、モラ夫にどう依存していたのか

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モラハラ夫は、私にわかりやすく依存していた。

まるで生活費を払おうとしない。光熱費から、自分の食費から、

酒代、つまみ、交通費まですべて。

どう考えてもヒモ。自分から貢ぐならまだ幸せもあるかも

しれないけど、

お金を出さないとキレだし方が半端じゃないから

出していただけ。


けれど、じゃあ自分は彼から何も受け取っていなかったのか?

というとそうじゃない。

私自身も間違いなく、彼に依存していた。

自己愛性人格障害者ならではの、はっきり言う性格。

それが私にとっては自身に満ち満ちている姿のようで、

うらやましくもあったし、尊敬もしていた。

ハッキリ物事を言う彼の姿勢は、

物事にうじうじしがちで断定することが苦手な

自分にとってはとても魅力的に見えた。

そういう「はっきり言う性格」の割に言ったことを

実行しないな~、言ってることがなんか専門的には間違ってるな~。

ということを気づいてはいたのだけど、

一応それも見てみぬふり。だって本当に

気が付いたら、彼を愛してしまえなくなりそうだから。


何に依存していたのか?

というと、彼に依存していたのかそれとも結婚というものに

執着していたのか、

離婚という変化において環境や自分に対する評価が

落ちることを招くこと自体が怖すぎたのか、

愛し愛されることに拘っていたのか・・・ということは

もうすでにわからないんだけど。

すべてかもしれないし、すべてじゃないかもしれない。

けど、根本的に失ってしまっている自分自身を、

愛されることでしか埋められないと思っていた自分にとっては

彼の愛が真実なのだと信じるほかなかったのかもしれない。

モラハラに遭うことで、心臓はバクバクして常に

緊張感があった。

けれども同時に、「結婚している安心感」「誰かに選ばれている

安心感」というものがあって、私はそれに対して

依存していたのではないかと感じている。

もちろん、恋愛感情というものはとても強くあった。

けれど多分、それがすべてではなかった。


私は恋愛を繰り返すほうだった。

というのも、恋愛していない時期というものが考えられない。

恋愛しない自分、というのはからっぽの自分のような気がしていた。

今よりもはるかに「自分はつまらない」「自分自身は何もない」

状態だった。それが異常だとも思わなかった。

だって自分にとってはそれが当たり前の価値観であり世界であるから。

私は、モラ夫に出会わなくても、いずれまた他のモラハラ加害者に出会って

モラハラを受けていただろうな・・・と今では思う。

そして、私が別れを告げたモラ夫も、また他のターゲットを見つけては

交際したり、結婚したりして依存するんだろうなって思う。


それは、共依存の状態。

けどどちらも依存していることに気が付いていない、

摩訶不思議な状態。

けどそうやって、自己愛性人格障害者と被害者の恋愛や

結婚生活は保たれているのだと思う。

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