モラハラからの脱却って、なんだろう

このサイトのタイトルは

「モラハラからの脱却」にしたんだけど、

その私自身が、モラハラからの脱却って一体何を指すんだろう?

ってよく分かっていない。


自己愛性人格障害者との生活から逃げ出したら脱却?

被害者体質から抜け出したら脱却?

私は、モラハラ夫との別離を決意して、今こうして生活してる。

けど、被害者体質から抜け出しているか?と問われると

素直にYESとは答えられない現状がある。


自分は被害者体質だったんだ!そうかーだから生きづらかったんだ!

恥に対して敏感なんだ!っていうところまでは

分かったけど、だから何?それで?私どうしたらいいの?

という感じ。自覚ができただけで、そこからどうしようもない。

やっぱりそこは臨床心理士の力を借りて

カウンセリングでも受けて立ち直らないといけないんだろうな。


被害者としての自分。

モラハラ被害はなくなった。

けど、モラハラっていうのは、被害者の被害者体質があってこそ

成り立ってより効果を発揮する。

その、自分自身の体質っていうのは、

なくなってはいない。


モラハラ元夫のブログを1年に一回くらい確認の意味合いで

見る。

変わっていないか?とかいまだに期待している自分がいる。

けど、別にいいんだろう。期待し続けて損をする生活はもう

終わったから。期待しようとしまいと、別々の道を歩いている。

未だに未練を残されているんじゃないかと思って怖かった。

離れて1年くらいはそれらしい記述が残っていたから。

けど、その記述自体を消していて(もともとブログの内容を

どんどん消していくような人だったけど)、

そういう記述はなくなっていて、ただ淡々と、以前のように

日常のことを短めに書いているだけだった。


当たり前だけど、なんでこんな人好きになったんだろう?とは

思うけど、本気で疑問に思うわけじゃない。

ブログで書いている様だけ見ていると、やっぱり趣味も合うし、

勉強頑張ってるんだなあって思う。間違いなく恋に落ちたんだ。

ただ数年間、その中身を隣で見てきて、

「え????」と思うようなことが多すぎて、

その「実際」があまりにもかけはなれすぎていて。


私は、「趣味も合うし、かわいく感じるし、向上心も高いし・・・」

っていうその恋を、失いたくない一心だったのかな。

彼のブログの中身は、おそらくもう見てもしょうがない。

未練がなくなっている以上、もう危険性とかそういうのは

ないと思うから。未練というか、被害者意識とか

可哀そうな自分、反省している(ポーズの)自分で

しかないんだろうけど。


モラハラを受けてもその恋を捨てることができなかった。

というよりもモラハラというものに耐性があった?

のかな。両親ともこんなだしあんなだし。

基本的に愛に飢えてる。モラハラだろうとなんだろうと

愛だと信じ込まないと、生きていけない。

愛のない人生なんて耐えられない。

なぜなら自分が自分を愛していないから。

今の自分は嫌いじゃない。けどやっぱりどこかに、

他人に対する基本的不信感と自分のなかの大きな欠陥、

弱さがあると思う。

モラハラに遭わなきゃこんなの気が付かなかった。


そこからどうするか?っていうのが

課題であって、私はまだ被害者体質から

完全には脱却していないんだろうな。