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劣等感を自覚した日。

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私が二度目のカウンセリングに行こうと決心したきっかけがある。

二度目、というのは、一度目はもう心身ともに限界がきて

このままだと発狂してしまいそうになったから

(発狂しておかしい人間だと思われたくないからか、

おかしい人間に本当になってしまうと思ったからかは不明だけど)。

だからカウンセリングに行った。


二度目のカウンセリングは、

そのカウンセリングを予約する少し前に、

自分の劣等感みたいなものに直面するきっかけが

あったからだ。

劣等感を抱いてきた年月自体は長かった。

自分はダメ人間だとかグズだとか価値がないとか

酷い人間だとかそんなことは散々感じてきた。

けど、そういう人間特有の「私は正しいし」

「誰よりも大人な考えを持ってるし」みたいな幼稚な

万能感ももちろん、共存させてきた。


そして、そういう考えが自分の中にもあるんだなと

感じたのが自己愛性人格障害者のことを

知って、いろいろと調べ始めた時から。

自分が正しいと思っていたのって、

ただの優越感を感じていたからであって、

誰よりも正しいからじゃなかったんだ。

誰よりも正しいから誰よりも正しいのだ、

って思ってたけど違ったんだ。ということにまず気づいた。

文章にすればアホみたいだけど、

その時まで私は間違いなく「自分は誰よりも正しい」って

思い込んでいた。根拠もなく、というよりかは

誰よりも苦しんで悩んで劣等感を抱くことで

ここまで深く悩んで、苦しみながら生きている自分は

能天気な人間とは違うと思っていた部分もあると思う。


悩めば悩むほど他の人間よりも正しく常識的に

犠牲精神を持って生きているのだという根拠にしてしまう

ナゾ思考。

きっと、そう思うために悩んでいたんだろうという気にも

なってくる。


あるとき、私は職場で「これを見ましたか?」と言われた。

それは「私の立場なら」見ないといけない資料だった。

ただ見ないといけない資料だけれども、見ていなくても仕方がない

資料でもあった。

だから、どちらとも答えられた。けど、私はとっさにこたえた。

「見ましたよ」。

見た、と言った時点で、中身に言及されるのはわかりきっているのに、

「見ていない」と言うと責められるような気がして、

あるいはみっともない人間のような気がして

見ましたよと嘘をついた、見栄を張った。

そのおかげで、見た前提で話をされてしまって、

私は見ていないから曖昧な答えかた、不自然な答え方しか

出来なくなって、

しかも周りに人がたくさんいたから

とんでもない恥をかいた気がした。


そして、当たり前のように「見ましたか?」と話題を振ってきた

相手に対して「なんなの」と不愉快そうな態度をとるしかなかった。

いいや、相手は何も悪くない。むしろ、相手の

態度に何も欠点などない。悪いのは私のほうだ。

「そんな資料を見ていない自分が悪い!」というわけではなくて、

見ていないなら見ていないと言えばよかった。

とっさに見ましたよ!と言ってしまったなら、

「あ、ごめんそれ別の資料だったわ」といえばいい話だったんだ。

それを、「見ていて当然じゃない(私の立場なら)。

それが何か?」とやってしまうのが問題なのだ。


そういう恥をかいて、自分はこの性質自体をどうにかしたいと

思ってカウンセリングにいった。

結局、そこまでお金が工面できるわけでもないから

(といいつつ、当たったカウンセラーを信頼できずに)

それ以来行けていないんだけど。


別に見栄を張って失敗したならそれでもいいとは思う。

けど、それがとんでもない恥のように感じて

どうしようもないから、その感覚をどうにかするか、

見栄を張ることをやめるしかない。

「自分の立場では当たり前」「自分はそれをしていて

当たり前の人間」と優越感を感じること、

「それが出来ていない自分」という劣等感に直面するのを

避けることをどうにかするしかないのだから。

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