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自己愛性人格障害者の恋愛感情

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自己愛性人格障害者だって

恋愛感情を抱くことは間違いないと思う。

ただうちの元モラ夫のパターンでも、

人を好きにはなるけどそこに対する

期待値の異常な高さだとか幼児的万能感の影響だとかで

人を好きになる感情+征服欲だとか自慢したい欲だとか

マウントとりたくなるとかパートナーが競争相手になるとか

わけのわからん構図になるんだよね。

その激しい心と気持ちが「強い愛だ!」というような錯覚を

生んで、

自己愛性人格障害者も、パートナーも、

ずっと錯覚し続けるんじゃないかなあって思ってる。

ただ素朴に「好き」って思うだけじゃない。

すべての期待をその好き、という感情に乗せる。

人を好きになる感情はある。

ただ、そこに“人を大切にしようと思う心”や

“これをやったら嫌われるかもという制御の心”がない。

期待っていうのは、

自分が敬ってほしいし大事にしてほしいから。

どうやっても自分を嫌わない相手でいるべきだから。

自分がまず満たされ続けることしか考えられない。



相手を大事にするにはストレスに耐えることが必要だから、

まず無理。

お産の時に病院で長い時間を待つ、というのは

強烈なストレスだから、

適当な理由をつけて帰るのもそのせい。

そういう自己犠牲の精神なんかない。

「こういう環境で待たせるお前が悪いんだろ」

「ただいるだけなら自分、役に立たないしなあ」

みたいな言い訳しかできない。

その時点で、「産院でつまらない長い時間をひたすら

待たせる妻」というのは彼らにとって

立派な加害者なんだと思う。

もっと言えば好きになる段階でも

「この人がこの人だから好き」というより

容姿にピンときたとか従順そうだとか

そういうイメージの話しかなくて、



最初興味を持つ段階ではそれでいいんだろうけど

いつまでも相手がどういう人間かを

「特徴」でしか捉えられないし

半ばその特徴も見てすぐわかるものだったり

“そうあってほしい”ゆえの決めつけだったりする。

モラ夫の場合だと「お前は心配性だからな。

俺が事故を起こさないか、これとか、こういうことにも心配しているんだろう」

というような。

それは、ある場面で私が心配だな、と一言をかいつまんで、

「心配性」という人間として私を見るようになって、



それが自己愛性人格障害者の

「パートナーに身の安全を心配されている自分」

という優越感に浸れる要素になるから。

ただそれだけのために、

他人の「心配」という言葉を利用して

「こいつは俺のことを心配している!

そう、俺は心配され大切にされるべき人間なんだ!」

って思い込める。

そして私は自己愛性人格障害者が

そういう優越感に浸りたいときに

「お前は、心配性だからな」という言葉で

“夫を心配する健気な妻”に変身させられる。

で、どう考えても心配するような

場面でもないのにそんな事を言われ続けるから

頭のなか「?」になっていると

“夫の身の安全を気にかけもしていない劣悪な妻”

にさせられるんだけど。

恋愛感情を抱いていたくて、

そこには征服欲みたいなのも満たしたい願望があって、

そのためにパートナーを

都合よく「健気な奴」「ひどいやつ」に

コロコロ変える。

だから、人を好きにはなるけど、

それはまるでチビッコの恋愛みたいな、

一方的な恋愛になる。

見たい相手(自分にとって都合のいい相手)しか見ない。

見たくない相手は、相手がわざとしていること。相手の責任。

相手の気持ちが冷めているとか、考えもしない。

だから離婚を切り出しても、その事実をまともに

捉えることすらできない。

「離婚?絶対に嫌だ!」

「離婚なんてありえない」

というレベルの話の事実否認じゃない。

自己愛性人格障害者の思考はそこまでまずいかない。

「パートナーが離婚を切り出すはずがない。

離婚ではなくて、何か他の条件を飲ませようとしてるんだ」

「離婚という言葉を出すことで、脅しているんだ。

嫌がらせをしているんだ」

という捉え方。

だって自己愛性人格障害者自身が

「離婚という言葉を出すことで

脅してくる、相手をコントロールしてくる」人間だから、

らしい。

自分がそうだから、相手もそうなんだろうとしか

捉えられない。

心理学的にはそうなのかも。

で、そういう自分を100%投影してしまって、

もはや相手の何たるかは彼らには分からない。

被害者の1%の気持ちでも、

自己愛性人格障害者は分かっているんだろうか。

相手が見えているんだろうか。

相手はただ投影したい自分を容れる器に過ぎないんだろうか。

モラ夫にもう一緒に暮らせないこと、興味ないことを

ひたすら伝えていたのに、

それを全然理解してもらえない気持ちを今、思い出した。

相手に話しかけているはずなのに、

ひたすら私が独り言を言っているだけなのかな?

というような感覚。



そして相手も私の言っていることへのレスポンスなんじゃなくて、

ただただ一人で会話しているんじゃないのかな?

っていう奇妙な。そういう感覚。

自己愛性人格障害者にとってのパートナーが

自分を投影する器でしかないのなら、

独り言っていうのはある意味正しいんだろうけどね。

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